『soe』伊藤壮一郎 – 育った環境と影響


 

【表現とアイデンティティー】

 

- 2001年に『soe』をスタートして現在まで、時間を経て考え方とかブランドに対する姿勢も変化していると思うんですけど、その辺はどうですか?
 

ブランド始めた時期って、ちょうどドメスティック・ブランドに注目が集まってたりしてシーンとして勢いみたいのがあった時期で、その辺の流れに上手くハマッタんだと思うんですけど。その後東コレにも参加させてもらったり、良い時も悪い時ももちろん有りましたけど、一つの大きな変化といえば、一旦コレクションの参加を止めた時、ルックブックの撮影でお願いしたスタイリストの方との仕事で、それまでとはかなり考え方に変化が生まれましたね。
その方は業界でもコダワリの強さで有名ですけど、全てにおいて、なぜそうするのかとか、理由や背景についてとにかく突き詰めて考える方で。僕それまではどっちかって言うと割と気分で作ってて、もっと言えば逆に意味とか無い方がファッションなんじゃないかって思ってて。でも、その時から意味が欲しくなった。これは明確に変わりましたね。コンセプト作りからじっくり考えるようになったし。だからといって、ガチガチにコンセプトとかで固まりすぎるのも自分っぽくないとも思うんで、その辺はバランスですかね。

 
- 2008年から『soe shirts』というシャツをメインとしたラインも始めましたけど、動機とかあるんでしょうか?
 

ブランドってそれぞれ売りって有ると思うんですよ。テーラードだとかニットだとか。料理に例えるとメイン・ディッシュみたいな。ある時、うちってそう言うのないなと思って。それで僕自身シャツが好きなんで始めたんですけどね。ある意味力技ですけど、”soe = シャツ”みたいに認識してもらえるまでは続けようかなと。

 
- 『soe』の今後のビジョンとかは?
 

僕あまり欲が無いって言うか、本当はそれじゃダメなんでしょうけど、とりあえず今出来ることを一つずつやってくって事ですかね。特にブランドを大きくしていきたいって感じも今は無いし。先日もあるデザイナーの方がお店に来てくださって買い物してくれてったり、カリスマ的なスケーターの人がふらっと来ていいねって誉めてくれたり、なんかそういうのが嬉しいんですよね。
あとは、『soe』の次のコレクションを楽しみにしてくれている人達の期待を裏切らないようにって事ですかね。

 
 

 
■『soe』に感じていた東京っぽさ。
本人は全然そんな意識は無いと言う。もうちょっと東京っぽい要素をいれなきゃいけないかなと思う事もあるとも。
昭和の時代には確かに、濃くて華やかな東京人のコミュニティー、そこから生まれた文化があった。
単純にそれを良しというつもりは無いが、そういう部分が薄まってしまうのもちょっと淋しい気もする。
それは、地方出身者のたんなるノスタルジーでしか無いのかも知れないが。
しかし、伊藤壮一郎の肩の力の抜けた感じ、素直に表現することに対する抵抗感、ちょっと引いた視点などはまさに東京的と言えるのではないだろうか。
『YMO』の表現の節々に覗くユーモアのような、どこか屈折した美意識と自意識。
やはり自分には、東京っぽいと感じた。

 
 

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