【東コレ 2016-17AW】 フォーカス part3 – 「ニュージェネレーション編」



 
様々な個性が集まり毎回楽しませてくれる「東京ニューエイジ」のショーですが、今回はその中でも個人的にもいろいろ気になっていた「KEISUKEYOSHIDA」の吉田圭佑さんにお話を伺いました。
 
「KEISUKEYOSHIDA」といえば2シーズン目となる昨シーズンのショーが”ゲーマー風ルック”などど評され話題となりました。制服やジャージを着た普通の高校生がそのままランウェイに飛び出して来たようなコレクションは、東コレという舞台の中では異質な物に感じた人も多いのではないかと思います。ファッションが最先端のモードであるとするのであれば、それはまるで対極のようでもあります。一見コスプレのようにも取られかねないルックを世界的なファッションウィークで発表するのは勇気のいる事のようにも思ったし、デザイナーがこのコレクションで何を表現しようとしたのか、洋服の先に見ている景色にとても興味を引かれました。
 

イケてない少年が出会ったファッションという表現

 
「中学時代の僕は、勉強が出来る訳じゃないし運動もそれほど得意じゃない、要するに”イケてない子”だったんですね。それでイケてる奴になるにはどうすればいいか考えて、とりあえず単純にカッコいい服を着れば変われるんじゃないかと思ったのがきっかけでファッションに興味を持つようになりました。」
 
「そうしたらどんどんファッションにのめり込んで行って、気がついたらスゴい派手な格好するようになってました。髪も派手な色にしてましたし。それでイケてるグループの人達からちょっと目をつけられるようにもなっちゃったんですけど。」

 
これは時代を問わずよくある思春期の一コマですが、「KEISUKEYOSHIDA」のコレクションにはまるでこの時の彼の分身のようなモデル達が登場します。彼にとってこの時期がファッションの原風景になっているようです。
 
「きっかけはイケてる奴になりたくてファッションに興味をもったんですけど、そのうちに服そのものに興味が移って行って、やがてデザイナーになりたいって思うようになりました。」
 
「後にどういった物作りをしていこうって考えた時に、中学時代の記憶に戻ったんです。中高生の持つカッコ良くなりたいって言うストレートな気持ちとか、それに向かって頑張る姿勢、その時期特有のデリケートな精神性なんかを背景としてファッションに落とし込んでみたいと思ったんです。」

 

KEISUKEYOSHIDA 2016S/S

 
昨シーズンの「KEISUKEYOSHIDA」のショーを見て感じた事は、なんか文学的だなって事でした。それはほとんどが素人だというモデル達から感じるリアルさのせいかも知れませんが。その文学性はシーズンビジュアルを見るとより明確に伝わって来ます。
 
1stシーズンから継続して撮影を担当している写真家の小野啓さんは、長年に渡りリアルな高校生達を撮り続けている方です。2012年に公開され日本国内の数々の映画賞に輝いた「桐島、部活やめるってよ」の原作である朝井リョウさんの本の装丁写真も手掛けていらっしゃいます。学校という集団生活にはつきものの”スクール・カースト”問題が根底に描かれたこの作品は10代の少年・少女のイノセンスやゆらぎが表現されています。日本のどこにでもあるような地方都市で暮らす登場人物達。そこには誰しもが共感せざるを得ない普遍性が見て取れます。
 
朝井リョウさんがこの作品で描こうとしたもの、小野啓さんが高校生を通して写し撮ろうとしているもの、吉田圭佑さんが作るファッションの背景にある思い、それら全ては見事にシンクロしていて、まるで一つのメディア・ミックス作品に思える程です。
 

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©KEISUKEYOSHIDA – Kei Ono

 
「僕が小野啓さんの写真が好きで撮影をお願いしました。最初にお会いした時にやはり共通点を感じました。撮影自体は基本的に小野さんにおまかせで大体1日で撮るんですが、それまでにかなり時間はかかっています。まず僕一人でロケハンして場所のアタリをつけた後、どういう風にするか何度も打ち合わせして、ほぼ2ヶ月ぐらいかかってますかね」
 
「ランウェイは実際に服を着たモデルが目の前を歩く一瞬に、体験と言う事も含めてものすごい情報量がつまってると思います。写真はより広く物語性など表現できる。別な見せ方としてどっちも大事に思っているので、それぞれの特色を生かした表現をしていけたらと思っています」

 

キーワードは”共感”

 
「今シーズン(2016-17AW)は昨シーズンのコレクションを発展させた形を意識しています。ファッションとかよく分ってないんだけど純粋な気持ちとしてのカッコいいものへの欲求。ショーでは極端にその気持ちがエスカレートして違う方向にいっちゃったコーディネートを混ぜたりしました」
 
ショーのフィナーレで掛かった日本でヒットを記録した『t.A.T.u.』の曲が意外性を感じたのと同時に、とてもマッチしていました。
 
「タトゥー(t.A.T.u.)は僕ら世代が初めて聴いた洋楽ってイメージで使いました。とりあえずカッコつけて洋楽を聴き始める年代。ニルヴァーナ (Nirvana) もそうで、グランジ・ファッションとかカート・コバーンとかまだよく分かってないんだけどなんかカッケーって思って聴いた代表的なモノってとこから持って来ています。ショーでニルヴァーナかければ間違いなくカッケーなと単純に思いましたし」
 
スウェットにプリントされた対極マークをアレンジしたものに、何か象徴的なものを感じました。スクール・カースト下位のイケてない弱者とイケイケのリア充軍団との対比とか。何がイケていて何がイケていないのか、視点によって揺れ動く相克の構図というか。
 
「あれは、前からと後ろ側で見え方が違うって事を表してるんですけど、着想の元は実は『Town&Country』からなんです」
 

KEISUKEYOSHIDA 2016-17A/W

 
今、時代は”SNS”に席巻されています。従来の広告のスタイルはもはやレガシーなモノとなりつつある状況も見えます。興味の中心は共感の数。世の中は承認欲求で溢れんばかりです。
しかしまた、共感力というものは創造の源でもあります。小説や映画、または音楽などでもそれは顕著であろうかと思います。吉田さんは自身の経験をベースに中高生くらいの年代における「明るいのか暗いのかよくわからない青春の空気」を表現しつつ、ファッションでそこに光を当てようとしています。
 
「僕が物作りしていく上で大事にしている事は共感しあえるかどうかって事で、僕の服を着る事でその共感を共有してもらったり、またそこからなにか繋がりのような物が生まれていったらいいなと思っています」
 
「今は世代感や価値観における共感って部分を大事にしていますが、今後はそういう目に見える情景とかからもう一歩踏み込んで精神性とか態度といった部分からの物作りもしていきたいなと考えています。あと今回のコレクションを撮りおろした写真展なども計画しているんですが、そういう新しいコミニュケーションの場なんかもデザインの一つとしてやっていきたいなと思っています」

 
『ここのがっこう』で、自分の中のちょっと恥ずかしい部分でもあるコンプレックスや弱さをポジティブなモノへと変換する事も出来るんだと言う事が学べたという吉田さん。
彼の服は単体で見ると世界的なストリートの流れとリンクした物も見受けられますが、全体で見ると彼独自の物になっていると感じます。現代日本社会の一面をも表現する彼の服が今後どのようになっていくのかとても楽しみです。
 
■ KEISUKEYOSHIDA : http://keisukeyoshida.com
 
 

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